我思う故に我あり、っていう文句がある。
デカルトって人が言ったらしい。でも、それっぽいことは、アウグスティヌスが既に言ってなかったっけ?
とりあえず、デカルトが言った、らしい。
我思う故に我あり、ってのはつまり、我がいて、我がいるから、思うっていう働きがあるんじゃなくて、思うっていう働きがあるから、我がいるってことか。
思うが先にあって、それによって、我は成り立つということか。
でも確かに、私がいて、その私が何かするという感覚は、あくまでも、文章的、文法的なものであって、
何かすることで、その何かをしたところの私が成立すると考えてもよくないか。
でもまあ取り敢えず、
思ったり考えたりする働き何かよりも、失恋の時の胸の痛みの方が、ずっと、もう嫌なくらい、自分自身が存在していることを確信させるものは無いんじゃないか。

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