希望の望の字は、分解すると、亡と月と王になる。
亡き月の王、か。カッコいいな。
どうして、亡き月の王で、願いのようなものを表現する漢字になるんだろうか。
望で亡き月の王なのだから、望む主体は、亡き月の王だろう。
望まれる対象は、亡き月だろう。
亡き月は、亡いわけだから、少なくとも現在は無いんだろう。
亡き、という言葉のニュアンスから考えて、過去には有ったが、現在は失われたのだと考えられる。
そして、亡き月の王は、かつて、その月の王だったのだろう。
ということは、我々が望むものは、我々が、かつて所有したり、支配したりしていたものなのかもしれない。
我々が望む状態は、かつては我々がそのようであったところの状態なのかもしれない。
過去の何か、現在は亡くなった何かを、我々は願うから、望みの字は、亡き月の王と書くのかもしれない。
でも、ここで不思議なのは、望まれる対象が月であることだろう。
どうして、太陽ではなく、月なんだろうか。
太陽と比較した場合、月は、その光が淡いし、形も日によって違う。
つまり、望まれる対象というものも、淡いものであって、形を変えるものだから、望まれる対象は、月に例えられたのだろう。
我々は何かを望む場合、その何かは、既に経験済みの何かであるものの、望みという形で認識されるその何かは、ぼんやりしていてはっきりしないということだろう。
何だかプラトンの想起説みたいだな。

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