カラオケに行ってきた。
人前で歌うのは恥ずかしい。
カラオケという営みは、もしかして、歌うことでストレスを発散したり、共感したり、楽しんだりするのが目的ではなくて、
恥ずかしいことを敢えて人前ですることで、ストレスを発散したり、共感したり、楽しんだりするのが目的なんじゃないか、と思う位、恥ずかしかった。
まあ、楽しかったけど。ビール飲み放題だし。ポテト食い放題だし。
待てよ、つまり、恥を晒すって、ストレスの発散になったりするってことか。いいことなのか。
恥を晒すって、そもそも何だ。
恥ずかしい事柄とは、この世に無いこととされる物事、それは、つまり、意図的に隠されているにせよ、そうではないにせよ、見えないもの、見えないとされるものを見える状態にすることで、恐らく、あろう。
ということは、恥を晒すことは、この世に無いものを有らしめようとすること、実現すること、その媒介とも解釈出来んじゃないか。
それは、無いものを有らしめるわけだから、その、善悪やら正不正はともかくとして、世界をどんどん豊かにするものなんじゃないか。
そして、世界が豊かになることは、世界の一部である私も豊かになることだから、そこに、恥を晒す目的があるのかもしれない。
だとすれば、私のこの、下手くそな歌にも意義があるってことだよな。
私が歌うことで、他の人も歌いやすくなるかもしれないし。

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